私にとっては大切なモノ
「私にとっては大切なモノ」
コートのことはあきらめて、今度はカバンを選んでいた。
いつも使っているカバンではなくて、目新しい牛革のショッピングバックを持っていくことにした。そのバックには、パンダかスヌーピーだかのイラストがうっすらプリントされてあった。
そんな夢。
実家には、もうかつての私の部屋はどこにもない。
嫁いだ後、大切にしていたドレッサーまで捨てられてしまった時には、さすがにめげた。
私の母は、私と違って、なんでもかんでも潔く物を捨てることができる人だ。
だから私には幼い頃からの思い出の品というものが、全然、ない。
みんな母に捨てられてしまったからだ。
母に全然悪気はないのだけど。
というわけで、捨てられたくないものは全て母の目の届かないところに隠しておかなければならないという「決まり」のようなものが暗黙の了解のうちに出来上がっていて、母の目の届くものは全て捨てられてしまっても文句は言えないのだった。
ところで私は、大切なものとそうでないもの、要るものと要らないものとの区別がうまくつけられない。
なんでこんなもの大切にとっておいたのだろう?
と首をかしげたくなるような、妙なものがいっぱい保管されていたりする。
その昔、とってもハッとさせられたフレーズがある。
当時ひんぱんにおじゃましていたサイトの管理人さんが記した詩のような文章だった。
不正確かもしれないけれど、だいたい次のような感じの詩だった。
「おかあさん、勝手に私のものを捨てないでよ。明日はガラクタになるかもしれないけれど、今の私にとって、それはとても大切なものなのだから」